私の挫折体験 箸が持てなかった編

僕は天才だと この時までは思っていました。

勘違い野郎

僕は幼稚園のある時まで天才だと思っていました。

僕は図鑑が好きで、図鑑が何冊もあるのがとても楽しかったのです。
図鑑の中身が好きだったのではなく、図鑑がありなにやら凄い知識が色々あるという世界感が好きだったのです。

単純に、頭の良い物が周りにあり、それに囲まれている俺スゲー。
そんな状態でした。

当時の僕は意識的にやっていたのです。
頭の良い物が周りにあることで自分が高まっているそんな勘違いをずっとしていました。

それは頭が良いだけでなく運動神経も良いと思っていたのです。

剥がされるメッキ

僕は幼稚園時代テレビの取材を受けた記憶があります。
その取材とは、箸の持ち方の取材でした。

幼稚園の子供に箸を持たせ、小豆や消しゴムを隣の皿に移すというものでした。

テレビの時は3人並んでいたと思います。
その中に僕はいました。

僕は全力で手前の皿から隣の皿に
消しゴムを移動させていたのですが
隣の二人はスイスイ移動させているのに
僕ときたら、補助具を付けているのに一向に消しゴムを掴めませんでした。

テレビを前に緊張していたのもありましたが、そもそも当時は持てていなかったと思います。
他の二人は難なく熟し、小豆を移動させていました。

僕は気付きました。
運動神経がない人間なんだと。

そしてテレビの取材のテーマは
「近年、箸が持てない子が増えている」
そんなテーマのテレビでした。

僕は期待通りのキャラクターになれたのですが
僕以外は出来ていて人間のスペックの差をそこで感じたのでした。

頭も大して良くなかった事実

せめて他の人間よりも知性派でありたいと
半ば祈りのような状況でした。
しかしそんな祈りは届きません。

ある時僕は、漢字を覚えている事を周りの子に
自慢していた時がありました。

僕は漢字ドリルを少しだけ触り
他よりも早く漢字を知っていると知らしめたかったのです。

しかし、その中の一人はその漢字よりも
難しい漢字を知ってることに愕然としました。
自分に残された希望もないのだと
そこで気付いたのです。

そして年少の子に殴られ
気絶する事件へと繋がり
僕の自尊心はゼロからマイナスへと落ちていったのでした。

自虐の解放

何故、こんな話しをするのか。
それは、自分を解放するためです。

昔は嫌な過去を話すのはとても辛かった。
嫌な過去を思い出すようで、触れられたくなかった。

しかし、打ち明けてみるとシンプルに楽になりました。
過ぎた過去は、過去です。
卑屈になることなどないのです。
この卑屈さが今の自分の成功を作っている
と思えば、代えがたい経験を手に入れた。

それを誰かに話せるくらい手放せる
そんな状況が良いのです。

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