祈りについて思うこと

祈りついて考えてみました。

祈りについて

結論、救いを求める行為ではないと思いました。
祈りとは感謝なのではないか。

HUNTER×HUNTERのネテロ会長も言っていたように。
祈りとは結果を報告する所作なのではないか。

だから窮地に祈りを求めるのは間違いなのではないか。
そんな気がしました。

救いのシステム

救いとは与えた後にやってくるギブであって。
欲するだけのテイクではないような気がしました。

というのも、誰だって何かを奪われるのは嫌じゃないですか。
それは仕事をしていて思いました。

奪われる、騙される、自分から何かを吸い取られる要素があるのもは
嫌いだと思うんです。

特に動画の仕事ってクライアントさんは常に不安を抱えています。
何故なら、加工業ではなく0から1を作るクリエイト業だからです。
失敗したくないという気持ちは当然もっています。

だからこそ、まずはこちらから与えていかなければ
安心感を当たられないと思いました。

それって他のことにも言えると思うんです。
そして恩を返して貰うのはそのあと運が良ければという感じです。

それって神様にとっても同じなのではないでしょうか?

ギブすれば救いの打率が上がる

祈りの中で救って欲しいと願うだけではテイカーと変わりません。
まずは何を神様に与えることが出来るかを考えるのがいのではないでしょうか。

結局、騙されることや嫌な目に遭うことが多くなると思いますが
誰かから避けられることはなくなるのではないでしょうか。

そうすれば困った時に救って貰えるチャンスは増えると思います。
今日はそんな感じ。

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