「新プロジェクトX」をいくつか視聴し、感じたことを綴りたいと思います。
プロジェクトXとは
『プロジェクトX~挑戦者たち~』は、かつてNHK総合テレビで放送されていたドキュメンタリー番組です。
日本の産業史や社会の発展において歴史的な偉業を成し遂げた「無名の日本人(現場の技術者、労働者、プロジェクトリーダーなど)」たちの情熱や、数々の困難を乗り越えていく苦悩と挑戦の姿をドラマチックに描いていました。
当時学生だった私は、毎回テレビ画面に釘付けになっていた記憶があります。
オープニングの「地上の星」やエンディングの「ヘッドライト・テールライト」は誰もが知るほど流行し、
教室でも「昨日の放送は泣けた」と頻繁に話題に上るほどの熱狂がありました。
影響を受けやすい多感な時期だったこともあり、「こんな大人になりたいな」と強く憧れたものです。
感化された翌日には、部活の練習をストイックに変えてみたり、勝手に自主練を始めたりと、
今振り返るとかなりの影響を受けていた素晴らしい番組でした。
だからこそ、番組が終了して長い年月が経ち、「新プロジェクトX」として復活すると聞いたときは、
久しぶりに気持ちが高ぶるのを覚えました。
しかし、私の期待とは裏腹に、ネット上ではいまいち盛り上がりに欠けているように感じました。
実際に最近の放送を見て、その理由がわかった気がします。
なぜ、かつてほどの面白みを感じられなかったのか。
そこから「近現代のプロジェクトをストーリー化することの難しさ」について考えてみたいと思います。
いまいち盛り上がらない理由
結論から言えば、理由は「難しすぎる」ということに尽きます。
私自身、動画制作の仕事に関わっているからこそ痛感するのですが、
近現代をドキュメンタリーにするには複合的な難しさが存在しているのです。
その「難しさ」とは具体的にどのようなものなのか、解説していきます。
インパクトを作れない問題
過去の『プロジェクトX』は、戦後から平成のバブル期頃までのエピソードが中心でした。
復興から成長へと向かう日本社会の熱量があり、プロジェクトそのものの規模や運用も一つ一つが挑戦的だった時代です。
また、今よりも安全に対する意識やルール、法整備が未熟だったため、現場では大きな事故が度々発生していました。
旧作でも、トンネルやダムの工事における事故にフォーカスされた場面がありました。
こうした事故は人命が失われる痛ましい出来事である反面、映像作品としてはドラマチックでもあります。
ストーリーテリングの視点だけで言えば、大きな困難と悲しみが訪れることは、主人公や仲間の感情を引き立てる重要な要素になります。このような強烈なインパクトが盛り込まれることで、番組全体に緩急が生まれ、面白さに繋がっていました。
一方、『新プロジェクトX』では、そのような悲惨な場面はあまり登場しません。
これは、時代を経て安全意識が高まり、技術やルールが日進月歩で改善され、人為的な大事故が起きなくなったという喜ばしい証拠でもあります。
社会の変化として見れば非常に素晴らしいことですが、ストーリーテリングの視点に立つと、
途端に緩急が作りにくくなり、起伏に欠けてしまうのです。
苦悩や困難を「分かりやすい物理的な危機」と結びつけにくいため、
業界外の視聴者にそのプロジェクトの本当の難しさを伝えるハードルが上がっている側面もあるでしょう。
結果的にインパクトが作りづらく、メリハリに欠ける展開に見えがちなことが「面白みに欠ける」という印象に繋がっているのだと感じました。
トラブル描写がネガティブプロモーションになる壁
『新プロジェクトX』が抱えるもう一つの課題は、現在進行形、あるいはごく最近の企業プロジェクトを題材にしている点です。
センセーショナルなトラブルを取り上げると、それが企業のネガティブキャンペーンに直結してしまうため、ストーリーに組み込めないというジレンマがあります。
番組を連続して放送していく以上、企業から継続的に取材許可を得る必要があります。
許可を得たからといって何でも描けるわけではなく、取り扱えるトラブルとそうでないものの間に線引きをし、
ある程度の配慮や「忖度」をしなければなりません。
一見すると企業に迎合しているように思えるかもしれませんが、これは必要な配慮でもあります。
例えば、セキュリティ上の問題です。ダムや橋梁などのインフラは、軍事的な視点で見れば重要目標になり得ます。
構造的な特徴や弱点がテレビで露呈すれば、国家的規模のリスクに繋がりかねません。
そのため、関連企業からNGが出やすく、制作側も慎重にならざるを得ません。
また、建設・製造業などは「安全」を第一の売りにしているため、過去のトラブルであっても企業イメージを損なうリスクがあります。強引に取材を進めれば、最悪の場合、今後の取材を拒否され番組が成立しなくなる可能性もあります。
長期的な番組運営を考えれば、ある程度の忖度は許容せざるを得ないのです。
実際の作り手たちは、ネタはあっても「地雷原を裸足で走りぬける」ような困難な制作を強いられているように感じました。
過剰な演出ができない「情報化社会」
これはインターネットやSNSが発達した現代の功罪でもあります。
近年や現代のプロジェクトは、公式情報として詳細が公開されていることも多く、
時系列や事実関係を誰でも簡単に把握できます。
コンプライアンスを避けつつ、ストーリーの緩急を作るために少しでも「演出を盛ろう」とすれば、
今度は視聴者から「過剰演出だ」「事実と違う」と指摘され、炎上リスクに繋がります。
事実、旧『プロジェクトX』は演出上の問題が番組終了の要因の一つになりました。
過去の失敗から学び、新シリーズでは過剰な脚色を控えているのでしょうが、その誠実さがかえってキャッチーさを失わせ、平坦なストーリー進行に感じさせてしまう。そんな難しさがあるように思います。
また、近年のプロジェクトは関与する人数が膨大です。
物語を作る際、登場人物が多すぎると視聴者が状況を理解できなくなるという問題が起きます。
映画『ブラックホークダウン』を例に挙げましょう。
戦争という激しいアクションがあるから成立していますが、初見では「同じ軍服を着た大勢の登場人物が入り乱れていて、
誰が何をしているかよく分からない」という感想を抱きがちです。
実際のプロジェクトも同様で、数百人が関わる事象を描くには、登場人物を整理しなければ物語が成立しません。
多数の人物を描く手法として、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のように、種族ごとにメインキャラクターを絞り、その他を群衆(モブ)として背景に徹させることで、主要人物の感情にフォーカスさせるという分かりやすい方法があります。
これくらい整理しないと、登場人物の感情を描き込む時間が足りなくなるのが映像の弱点です。
もし特定の個人にフォーカスすることを避けるなら、映画『シン・ゴジラ』のように、
組織的な関わりの壮観さを俯瞰で魅せる群像劇のような演出になっていくでしょう。
しかし、構造は『ブラックホークダウン』と同じです。日本人なら顔や役職(官僚や自衛隊など)が判別できても、
予備知識のない人が見れば「似たような人が数分交代で現れて、
重要な意思決定をして話が進んでいく」という風に映ります。
これでは感情移入が難しく、高い評価は得にくいのだと思います。
結局のところ、「現代のプロジェクト」というテーマと「個人の感情を描くドキュメンタリー」の相性の悪さが、
描きづらさに直結しているのだと思います。
長く続けることの難しさ
どんなコンテンツでも、ネタはいつか尽きます。これはテレビ番組だけでなく、
YouTuberやクリエイター全般が抱える問題です。
コンテンツは作るよりも消費されるスピードの方が圧倒的に早く、作り手は常にネタの枯渇と戦っています。
中盤以降は良いネタが見つからず、一度ボツにした企画を掘り起こしたり、過剰な演出で乗り切ろうとしたりしがちです。
それが頻発すると外部からのクレームに繋がり、結果的に終了へ向かうという流れになりやすいのです。
ただ、ヤラセや過剰演出も、大抵は「どうにかして番組を存続させたい」「地味なネタでも、他と並び立つくらい面白くして世に届けたい」といった、制作者の熱意や善意から始まっていることが多いという点は、
過剰に批判する前に視点を変えて想像してみてほしいところです。
旧プロジェクトXはどうして面白かったのか
一つは前述した通り、戦後復興と高度経済成長期という時代背景があり、
安全よりも「達成」に比重が置かれていたことによるダイナミズムです。そしてもう一つは、
時代劇のように「解釈できる余白」が多かったことだと思います。
時代劇は史実をベースにしつつも、登場人物のキャラクター像や事実と事実の間に、自由に物語を展開できる余白があります。
旧『プロジェクトX』にも、そうした余白が多く残されていました。当時の記録の精度や情報量がそれほど多くなく、
プロジェクトから時間が経過して「思い出」へと昇華されていたため、厳密な根拠を持って事実を訂正する人も少なかったのでしょう。だからこそ、登場人物の「感情」や「記憶」をベースにした、ドラマチックな展開を作ることができたのだと思います。
近現代をピックアップする最大の弊害は、情報のログが正確に残り、
関係各所も密接に繋がっていて「物語としての余白」がないことです。
そして何より、多くのプロジェクトが安全第一で進み、つつがなく進行し、
何事もなく終わることこそが「プロジェクトとしての理想」なのです。
そもそも、近現代における「成功したプロジェクトの本質」が、
テレビ番組が求める「波乱万丈な物語性」から完全にズレてしまっていること。
それこそが、『新プロジェクトX』を面白くしづらい最大の理由なのかもしれません。